世話人会にて、五月のことば
「十方の如来は衆生を一子のごとくに憐念す」を味わいました。
原始経典『スッタニパータ』の母が己のひとり子を身命を賭して護るように一切の生きとし生けるものに無量の慈しみの心を起こすということ、
また、『維摩経』の菩薩は一切衆生病むをもって、是故に我も病むというお心を聞かせていただきました。
菩薩はもはや迷わなくても良いのに、迷いの世界に身をおいてくださっている。わたしの苦しみを抜いて仏になるまで自身も仏になることがない。
それはそのまま、わたしの痛み、苦しみ、孤独の闇と全く同じ身となってくださっていることだと。
衆生病まなば則ち菩薩病む。
衆生の病癒えなば、菩薩もまた癒えゆ。
何故なら菩薩の病は大悲を持って起こるなり。
つまり、無差別の慈悲の心を持っておられる故であるということをいただきました。
私たちは自分の子は救いたいと思うけれども、他人の子のことまではそう思えない。
しかし、如来さまは全ての生き物をひとりひとり大事なひとり子のように慈しんでくださる。
その他大勢の救いではなく、わたし1人の闇を救うがために、ついて離れないお心をしらされました。
なもあみだぶつ 坊守
